蓮池の改修と俊乗坊重源(2020年10月)

 蓮池(はすいけ)は、阪南市石田に所在する市内最大規模のため池です。南から北へと延びる谷をせき止めて堤(つつみ)を築いた灌漑(かんがい)池(いけ)(※1)で、池の水は、石田をはじめ、市内北部に位置する黒田や波(ぼ)有手(うで)(鳥取)などの田畑に供給されています。

 この池には、鎌倉時代初期に俊乗坊(しゅんじょうぼう)重源(ちょうげん)という僧によって改修が行われたとされる伝承があります。重源は諸国を巡(めぐ)る勧進(かんじん)聖(ひじり)(※2)で、治承(じしょう)4(1180)年、平(たいら)重衡(しげひら)による兵火で焼失した東大寺の復興(ふっこう)をはじめ、各地で寺院や港湾に関わる土木工事を行ったことで知られています。近隣では狭山(さやま)池(いけ)(大阪狭山市)を建(けん)仁(にん)2(1202)年に改修したことが、国指定重要文化財である「重源狭山池改修碑」により判明しています。

 重源の事績(じせき)(※3)を記した原史料と評される『南無阿弥陀仏作善集』には前述の東大寺復興や狭山池改修の記載がありますが、蓮池については取り上げられていません。鳥取中の潮音寺(ちょうおんじ)には左手に蓮(はす)の葉を持った僧の坐像があり、この像を重源とする言い伝えもあります。

 蓮池が文献上で登場するのは、享保(きょうほう)10(1725)年の『古溜(ふるため)池(いけ)書上帳(かきあげちょう)控(ひかえ)』という、代官所に提出された溜池の記録になります。この記録は、石田、波有手、新、黒田、下出、中村の6ヶ村が立会のもと作られ、蓮池を含む6つの池についての記載があります。

 記録によれば、蓮池は古溜池で、寛永(かんえい)12 (1635)年に出来、毎年少々さらえているが埋まることが多いので、4,630人余りが池をさらい、堤(つつみ)の嵩(かさ)を上げるので、後ほどその手当の支給するよう願い出ています。

 

※1灌漑池…作物を栽培するのに必要な水を供給する人工の池。

※2勧進聖…民間の布教僧。民衆から寄付を集め様々な土木工事を担った。

※3事績…成し遂げた仕事とその成果。

古溜池書上帳控

←『古溜池書上ヶ帳控』(蓮池の記述がある部分)

潮音寺僧形坐像

『僧形坐像 鳥取中潮音寺』→