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塚谷古墳群(2018年8月)

 昭和50(1975)年11月、現在の(まい)小学校・舞幼稚園の建設に先立ち、横穴式石室を埋葬(まいそう)施設とする2基の古墳が発掘されました。ともに直径約8mの小規模な円墳で、発掘調査以前から開口(かいこう)していた古墳を1号墳、その西側に築造(ちくぞう)された古墳を2号墳と称しています。

 死者を埋葬する玄室(げんしつ)の大きさは、1号墳が長さ265cm、幅96cm、成人が横たわって周囲に余裕の残る広さであることに対して、2号墳が長さ170cm、幅74cmでかろうじて横たわることができる広さでした。いずれの古墳も石材(せきざい)和泉(いずみ)砂岩(さがん)の自然石や割石が使われ、玄室と通路である羨道(せんどう)とを区切る明瞭(めいりょう)な袖は見られず、羨道は開口部から玄室にいくにつれて上りの急傾斜(けいしゃ)になっています。

 2号墳からは、須恵器の(つき)(ぶた)が出土しており、7世紀初頭~中頃のものです。また、(ふん)(きゅう)には石室開口部に(つな)がるようにして左右ともに(がい)()(れっ)(せき)を設けています。列石は墳丘の前面のみに、墳丘(すそ)に沿って2~3段積み上げていました。これは7世紀代の古墳に多くみられるもので、遺物(いぶつ)の年代とも一致しています。

 一方、1号墳は石室が2号墳よりも比較的古い形式をしていると考えられますので、1号墳→2号墳の順番で(きず)かれたのでしょう。この2基の古墳に埋葬された人物は親子関係にあったのではないかと考えられています。 

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←発掘調査の全景

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墳丘に巡る外護列石→

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