ナビゲーションを飛ばして本文へ

現在の位置

宗福寺木造地蔵菩薩坐像(2015年6月)

 

    平安時代(約1200年前)より盛んに信仰された地蔵(じぞう)菩薩(ぼさつ)は、地獄に落ちて苦しみにあう死者を、地獄の入口で救済(きゅうさい)すると信じられてきました。また、子供の病気や安産の守護(しゅご)(しん)として現在も親しまれています。阪南市域でも街道沿いや各寺院に、地蔵信仰の跡を今もたどることができます( )

    阪南市箱作(はこつくり)(そう)(ふく)()には( )温和な表情と洗練(せんれん)された端正(たんせい)な姿をとどめる( )像高約52cmの木造地蔵菩薩坐像(ざぞう)が安置されています( )その作風から( )平安時代後期(約850年前)に造られたと思われます。もとは彩色されていたようですが( )今は木の肌を見せていて( )その美しい木彫りのあとに、藤原的作風の成熟(せいじゅく)がうかがえます( )

    この像の胎内(たいない)には、嘉元(かげん)3(1305)年12月に(けん)(りょう)(ぼう)という僧が記した墨書(ぼくしょ)が見られ、本来どこかの(やく)()()と呼ばれる寺院の御仏であったことが分かります( 

    また( )宗福寺に残る『(いいの)(みね)山地蔵御本尊縁起(えんぎ)』によると、地蔵像はもと箱作山中の飯峯山地蔵寺にあったということです( )旧薬師寺の御仏がどのようないきさつで飯峯山地蔵寺に伝わったかは明らかではありませんが( )その深い慈悲(じひ)により( )民衆を救済する地蔵の優美(ゆうび)な姿は、今も変わることなくわたしたちに安らぎを与え続けています( )

    地蔵菩薩坐像は( )昭和56(1981)年6月1日( )大阪府指定有形文化財に指定されました( )

宗福寺

宗福寺

地蔵菩薩坐像

木造地蔵菩薩坐像

墨書

胎内の墨書

Web支援ツール

  • Web支援ツールのイメージ
文字サイズ変更
標準大
背景色変更
標準黒
  • よくあるご質問・FAQ
  • 市役所へのアクセス
  • 各課のご案内
文化財あれこれ

ページの先頭へ