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尾崎村役場庁舎解体(2020年6月)

    尾崎村役場庁舎は、旧尾崎住民センターとなり( )平成29年3月末まで使用されていましたが( )現在( )惜しくも老朽化により解体中ですこの建物はかつて( )尾崎村役場として新築され( )尾崎町役場( )南海町役場( )そして現庁舎である阪南市役所が建てられるまで( )阪南町役場として使用されました。鉄筋コンクリート3階建て(地階を含む)( )延べ床面積は107坪(約353平方メートル)で( )当時( )この地方には見られぬ豪華な建物でし(※1)

    『阪南町史』上巻によると( )「この建築は地元出身で当時の村長であった錢高(ぜにたか)善造(ぜんぞう※2)の創業した錢高組によって請負われた」とし( )また( )竣工日の記載はありませんでした。しかし( )最近の調査では( )その内容が分かってきています。

    昭和3(1928)年11月4日の『尾崎村村会議事録(以下議事録)』によると( )御大典(ごたいてん※3)を記念して新庁舎の建築が計画され決定されました。新築総予算20,560円のうち( )庁舎新築費だけで18,960円が計上されています( )

    昭和4(1929)年3月26日の『議事録』では( )「入札の結果、予算額より安価に落札されたので( )予算を更正した」とあり( )同年1月22日付の『請負契約書』により( )工事は錢高組ではなく( )岸和田市別所町(べっしょちょう)西村義満(にしむらよしみつ※4)が14,750円で請け負ったことが分かります。また( )この契約書には( )「契約日翌日から起工し( )同年の6月21日までに竣工すること」と決められていますが( )6月13日付で「地下室工事で予想外の湧水のため( )7月25日まで工期を延長して欲しい( )との内容で『竣功期日延期願(原文のママ)』が提出されて( )その後( )8月5日付で388円90銭の『増減追加工事増減報告書』が出されています( )

    以上をふまえると( )竣工日がいつになったのかはわかりませんが( )同年11月25日付で( )先の「工事請負人 西村義満」に「役場庁舎新築成工賞与金」として( )200円が支払われ( )領収されているため( )この日以前には竣工されていたものと考えられます( )

    また( )庁舎新築工事中に地下室の壁の中に納められ( )解体中に発見された銅板プレートにも、設計者、監督、請負者の氏名が見られます。

 

※1 『文化財あれこれ』2014年9月( )尾崎村役場( )を参照。外観については、2018年7月( )旧尾崎村役場庁舎の外壁を彩るタイル( )を参照

※2 錢高善造:(まん)(えん)元(1860)年( )淡輪(たんのわ)村の四至元(ししもと)家に生まれ( )14歳の時( )尾崎村の棟梁(とうりょう) 錢高(さく)()に弟子入りし( )21歳で養子になった。明治20(1887)年( )大阪市東区横堀町(よこぼりまち)に錢高組を創設した。昭和3年5月11日に尾崎村長選挙に当選し、翌年8月28日( )家事都合により村長を辞職。昭和7(1932)年4月13日死去、西本願寺尾崎別院で村葬が営まれ( )( )

※3 御大典:天皇陛下が天下に君臨(くんりん)することを中外に宣示(せんじ)すること( )ここでは昭和天皇即位をさ( )

※4 西村義満:昭和2(1927)年12月末現在の『岸和田市商工名鑑(めいかん)』に「請負(土木建築)」として( )名前が記載されている

※5 銅板プレートの大きさは( )横118cm、竪52cm、厚さ0.03mm

新築時の尾崎村役場庁舎

新築当時の尾崎村役場

解体時に発見された銅板プレート

解体時に発見された銅板プレート

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