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是得上人名号碑(2019年8月)

 阪南市内には、徳本(とくほん)上人(しょうにん)自筆の独特な書体で「南無(なむ)阿弥陀仏(あみだぶつ)」を刻んだ六字(ろくじ)名号(みょうごう)(※)()が3基あります(文化財あれこれ2015年10月参照)( )宗派によってはこの6字を唱えれば、阿弥陀仏の浄土に救済(きゅうさい)されるとされています( )

 一方、()(とく)上人の名号碑も市内には7基存在します( )

 是得上人は宝暦(ほうれき)13(1763)年、徳本上人と同じ和歌山県日高(ひだか)郡に生まれ、増上寺(ぞうじょうじ)回向院(えこういん)(東京都港区)の第十三世となりました( )文化元(1803)年、(かつ)(おう)()(大阪府箕面市)で徳本上人の弟子となって諸国を行脚(あんぎゃ)( )各地で念仏(ねんぶつ)を説きました。こうした行脚により( )各地で多くの信者(しんじゃ)後援者(こうえんしゃ)ができ、その業績(ぎょうせき)(しの)んで建てられたと考えられます( )

 是得上人の名号碑は、阪南市の他に泉南市に1基、岬町に6基、和歌山県西部に16基みられるとともに、但馬(たじま)(兵庫県北部)にも36基が確認されています( )

 是得上人は文化9(1812)年に和歌山市直川(のうがわに是得庵を建立し、文政(ぶんせい)7(1824)年6月21日、大阪市内において61歳で亡くなり、直川に葬られました( )

                                                             

※名号:仏陀(ぶっだ)菩薩(ぼさつ)の名。これを聞いたり(とな)えたりすることに功徳(くどく)があるとされる( )特に「阿弥陀仏」の4字、「南無阿弥陀仏」の6字をさす( )

尾崎善性寺

尾崎町善性寺(ぜんしょうじ) 弘化(こうか)31846)年

石田祐道寺

石田(ゆう)道寺(どうじ) 文政(ぶんせい)51822)年

石田祐道寺

石田(  )道寺(  ) 年号不明

自然田中場共同墓地

自然(じねん)()中場(なかんば)共同墓地 年号不明

個人蔵

自然(  )(  )個人宅(   ))年号不明

自然田波太神社伏拝鳥居

自然田()()神社伏拝(ふくはい)鳥居(とりい)附近 年号不明

山中渓温泉橋北

山中渓(やまなかだに)温泉(おんせん)(ばし)北 年号不明

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