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喚譽西岸の六十六部宝篋印塔(2019年3月)

 法華経(ほけきょう)を六十六部書き写し、全国66カ所の霊場に一部ずつ納経(のうきょう)してまわる「六十六部回国納経」は、古代の山岳(さんがく)修験(しゅげん)までその系譜がさかのぼり、14世紀には本格化し、16世紀以降にも盛んに行われたようです。

 この納経を行う者は、各地を回って法華経(ほけきょう)信仰を(すす)めることから「回国聖」とも呼ばれていました。全国を巡る回国聖の納経は、極めて厳しく、苦行(くぎょう)であったことは想像に(かた)くありません。実際には、66カ所以上の社寺を巡るので、巡拝社寺数によって異なりますが、全国を巡り終えるには約2~3年を費やしたようです。

 阪南市(しも)(いで)大願寺(だいがんじ)には「六十六部宝篋印塔(ほうきょういんとう)」があります。石塔には「喚譽(かんよ)西岸(せいがん)」という聖が、「六親(ろくしん)眷属(けんぞく)※七(世)父母」のために西国・四国・秩父(ちちぶ)坂東(ばんどう)の各札所や、六十六部回国の巡礼を発願(ほつがん)し、享保10(1725)年に成就(じょうじゅ)したことが刻まれています。また、軸部の前面には、縦に長い(おい)※を背負い、その重さからか、体を前に傾斜させた聖の浮彫りがあり、巡礼の様子がありありと伝わります。「喚譽西岸」の活動は他にもありますので、次回の「文化財あれこれ」でもご紹介します。

※六親眷属・・・血のつながりがある一族や親族

※笈・・・僧などが仏具や衣類などを入れて背負う箱

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↑下出大願寺の六十六部宝篋印塔

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←笈を背負う「喚譽西岸」

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