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西国三十三度巡礼行者 自然田瑞宝寺の満願供養塔(2018年12月)

 最近は西国三十三カ所観音(かんのん)霊場(れいじょう)巡りが密かなブームとなっており、交通網の発達やバスツアーの存在、多種多彩なご朱印(しゅいん)帳もあり、楽しく、かつ手軽に巡礼(じゅんれい)できる時代になりました。この巡礼は、平安時代後期にはその原型が成立し、室町時代に札所(ふだしょ)が徐々に固定化しました。江戸時代には庶民にも広がり、盛んになったようです。

 巡礼者の中には三十三度行者(ぎょうじゃ)と呼ばれる、一般的な巡礼者とは区別される存在がいます。行者は特定の組※に所属することが多く、組から借り受けた御背板(おせた)※を持ち、年に3度×11年=33度巡るものです。第1番札所の(せい)(がん)渡寺(とじ)(和歌山県)から第33番の華厳寺(けごんじ)(岐阜県)まで最短でも約970kmに及ぶ道のりを、規定に従って信者の家で御背板を開帳し、時には宿泊しながら巡礼しました。三十三度巡礼を達成すると、満願供養として2夜3日の法要が行われました。

 阪南市自然(じねん)()(ずい)宝寺(ほうじ)には「西国三十三度満願(まんがん)供養(くよう)之塔」があります。明治28(1895)年建立で、宝篋印塔(ほうきょういんとう)という形式です。瑞宝寺の供養塔では、「誠覚法子」が満願を成し()げた行者で、発起(ほっき)人、世話人総代、寄付補助者が複数名記載されています。明治期には満願供養が減少し、供養塔の数も減少傾向にあった時期に大業を成し遂げた(あか)しとして、この塔が存在するのです。

 

※組…青岸渡寺の『背板行者参籠(さんろう)記名帳』によると、葉室組(現・太子町)、富田林組(現・富田林市)、嬉組(同左)、住吉組(現・大阪市住吉区)、紀三井寺組(現・和歌山市)、大仏組(現・京都市東山区)の6組が存在、その他の組が存在する可能性もある。

※御背板…西国三十三カ所の本尊(ほんぞん)のミニチュアと仏具、行者に(たく)された小形の位牌(いはい)や故人の写真等が納められた組み立て式の木箱。(かた)(ひも)が付き、背負(せお)うことが出来る。各組では4~5基の背板を所持していた。

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