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明治期の学校教育と教科書(2018年5月)

 

 1886(明治19)年には学校の種別ごとに学校令を制定し、「小学校令」が公布され、小学校を尋常(じんじょう)(4年)と高等(4年)の2段階としたうちの尋常小学校を義務教育とする義務教育制度が始まりました。1900(明治33)年には、授業料が廃止(はいし)され、義務就学(しゅうがく)が厳しく規定されることで、就学率は急速に高まりました。

 就学率が向上し、教育が普及する明治期には、様々な教科書が発行されました。「学制」発布当時の教科書は、国が編集したものに加え、『小學讀本(しょうがくとくほん)』のように欧米の教科書の翻訳(ほんやく)書や、寺子屋等で使用していた手習いや読み物が引き続き使われていましたが、1903(明治36)年「小学校ノ教科用図書ハ文部省ニ於テ著作権ヲ有スルモノタルベシ」と定め、いわゆる国定教科書が誕生しました。

 『尋常小學讀本』は、教科書国定化の第一歩で、巻一の冒頭が「イエ・エダ・スシ・イシ」であることから通称「イエスシ読本」と呼ばれ、発音を正しく行い、カタカナから学習するという挿絵(さしえ)入りの教科書が1909(明治42)年まで使用されました。その後、通称「ハタタコ読本」が1917(大正6)年まで使用されています。

 

小学読本

『小學讀本』

尋常小学読本

『尋常小學讀本』

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