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江戸時代の伊勢旅行(2015年5月)

 

    江戸時代になると庶民による伊勢(いせ)参りが盛んに行なわれるようになりました。中でもお(かげ)(どし)と呼ばれる年に行われた「お蔭参り」は、参詣(さんけい)すると特別のお蔭(恩恵(おんけい))を(さず)かると信じられ、文政(ぶんせい)13(1830)年には( )全国から430万人もの人出があったと言われています( )

    この文政(ぶんせい)13(1830)年のお蔭年の前年に自然(じねん)()村の庄屋(しょうや)一行が伊勢参りに行き( )()()(さん)(ぐう)(はは)(どう)(どう)にていたし(そうろう)(せつ)()(どう)(ちゅう)(すじ) (かき)(しるし)(おぼえ)(がき)(いり)」という旅行記を残しています( )

   その文書によると( )一行は( )著者とその母とお供の3人で( )文政12年3月19日( )自然田の家を出発し( )紀州街道沿いに大坂に出て( )河内から大和に入り( )大和小泉( )奈良( )参宮表街道の榛原(はいばら)( )伊勢路( )青山( )松坂を通り、3月26日に外宮のある山田に到着しています( )帰りは( )伊勢街道を北上し( )()(三重県津市)を通り( )鈴鹿(すずか)(とうげ)を越えて( )東海道の土山(つちやま)宿(じゅく)(滋賀県甲賀市)を通り( )更に草津(くさつ)を経て( )( )大坂を通り( )4月7日に自宅に帰っています( )

    道中( )奈良では唐招提寺(とうしょうだいじ)長谷寺(はせでら)( )伊勢では内宮・外宮の他に二見ヶ浦(ふたみがうら)( )京では西本願寺(にしほんがんじ)( )()恩院(おんいん)( )三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)伏見(ふしみ)大社(たいしゃ)を参拝し( )大坂では芝居も見物しています( )

   また( )近江(おうみ)(滋賀県)の草津では「乳母(うば)(もち)」を( )大津(おおつ)三井寺(みいでら)では「豆腐(とうふ)田楽(でんがく)」など、各地の名物を味わいながら旅しています( )

   この文書からは( )名所見物を兼ねて伊勢参りをする富豪層の旅の様子が分かります( )一方( )旅費が相当な負担となる民衆は( )「伊勢講」を結成し( )仲間で金を出し合い( )その代表が参詣していました( )

伊勢神宮内宮

伊勢神宮内宮

二見ヶ浦

二見ヶ浦

草津名物 乳母が餅

草津名物 乳母が餅

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