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向出遺跡(むかいでいせき)


 

『むかいで通信(つうしん)』は、阪南市を代表する遺跡(いせき)の一つ、向出遺跡を紹介(しょうかい)する情報紙(じょうほうし)です。
これまでに行ってきた発掘(はっくつ)調査(ちょうさ)研究(けんきゅう)から()られた成果(せいか)発信(はっしん)していきます。

各号のをクリックすると、PDF形式でダウンロードできます。

ナンバー トピック   ダウンロード
第1号  向出遺跡ってどんな遺跡?

 

阪南町教育委員会(当時)は、昭和62(1987)年、遺跡の(ぶん)()(はん)()を調べるため田畑などの表面観察や()(ぶつ)(さい)(しゅう)を行いました。現在( )向出遺跡が所在している台地上では、数点の縄文(じょうもん)土器(どき)や多数のサヌカイト製の石器などが採集され(  )その結果、遺跡として周知されるようになりました( )

採集された縄文土器

採集されたサヌカイト製の石器

 

その後、(だい)()(はん)()(こく)(どう)(国道26号線)が向出遺跡内を横切って延長されることとなり(  )平成9(1997)年度に財団法人大阪府文化財調査研究センター(当時( )が約8000平方メートルの発掘調査を行いました( )

7ヶ月に(およ)んだ調査では、縄文時代後期~晩期(約4000~2300年前)の(はか)(あな)弥生(やよい)時代後期~()(ふん)時代前期(約2000~1600年前)の(たて)(あな)(じゅう)(きょ)(あと)、また多数の縄文土器や弥生土器などが発見されました( )中でも、縄文時代後期から晩期の()(いき)は約5000平方メートルにも及び、当時「西日本最大級の縄文墓地遺跡」として報道され( )向出遺跡は全国的にその名を知られるようになったのです( )また、(まつ)りの道具である(せき)(ぼう)が立てられたままの状態で発見されたのも西日本初のことで( )大いに脚光(きゃっこう)()びました( )

 

( )

 縄文時代の祭りの道具である石棒 
(最大径10.1cm、残存長27.7cm、片岩製)

 縄文時代後期~晩期の墓穴
(長さ約1.4m、幅約0.7m、最大深約0.14m)

 

平成10(1998)年以降( )阪南市教育委員会により遺跡範囲確認調査や開発事業に伴う発掘調査が行われ、

・縄文時代後期~晩期(約4000年前~約2300年前)にわたり墓地(ぼち)として使われてきたこと、

・縄文時代の()(いき)の範囲は遺跡南部を東西に横切る段差(だんさ)(さかい)に南へ広がり( )範囲は最大で東西150m( )南北125mの約15000平方メートルに及ぶこと( )

などが分かってきています( )ただ、現在に至るまで、(まい)(そう)された縄文時代の人々が暮らしていた場所は発見されていません。

()()き用の土器
縄文時代晩期(約3000~2300年前)

(いし)(ざら)(たたき)(いし)(和泉砂岩製)
縄文時代後期~晩期(約4000~2300年前)

 

発掘された場所の一部は、将来公開できるように現状(げんじょう)保存(ほぞん)を目的として()め戻されており、往時(おうじ)の姿を目にすることはできません( )

現在、阪南市では( )向出遺跡を後世に伝えていくため、史跡(しせき)()(てい)をめざしています。

 


 

年・月

大きなできごと

調査結果・成果等

昭和62(1987)年

阪南町教育委員会(当時)が埋蔵文化財分布調査を行い、縄文土器やサヌカイト製石器などを採集

向出遺跡の存在が周知される

平成9年8月
  ~10年3月

財団法人大阪府文化財調査研究センター(当時)が第二阪和国道(国道26号線)の延伸に先立ち発掘調査を行う

縄文時代後期~晩期の墓穴200基以上、立てられたままの石棒等、多くの遺構・遺物を発掘

平成10年

「西日本最大級の縄文墓地」と全国的に報道される

  

平成10年3月

財団法人大阪府文化財調査研究センターが現地説明会を開催

全国から700人以上の参加者が訪れる

平成10年4月

遺跡の一部を現状保存するため、建設省(当時)と文化庁、大阪府教育委員会、阪南市教育委員会で保存協議が行われる

将来的に「縄文の向出遺跡」として保存活用整備を推進することが提起される

平成10年11月

阪南市立文化センターにおいて、阪南市教育委員会主催の講演会・シンポジウム『縄文と向出遺跡』開催

600人以上の来場者を迎える

平成10年
   ~13年

阪南市教育委員会が遺跡の性格や範囲を確認するため、4ヶ年の継続事業として発掘調査を行う

縄文時代の遺構は遺跡南部の段差より南側に集中することを確認する

平成13年3月

市教育委員会が現地説明会を開催

   

平成19年・20年

墓地群の北限確認のため、市教育委員会が範囲確認調査を行う

段差は人為的に形成され、平安時代に遡るとの見解を得る

平成20年6月
  ~22年1月

向出遺跡評価検討委員会を設置。計5回の委員会(内1回はシンポジウム)が開かれる

縄文時代後期~晩期の墓制や集落を考える上で極めて重要な遺跡であるとの評価を受ける

平成21年10月

第4回評価検討委員会として、シンポジウム『今、よみがえる向出遺跡-西日本縄文集落・墓地の転換期を考える-』を開催

   

 

 

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